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大阪地方裁判所 昭和36年(ワ)4613号 判決

原告 弓場栄一郎

右訴訟代理人弁護士 小倉武雄

同 密門光昭

右訴訟代理人弁護士 小堀真澄

被告 橋垣房一

被告 宮永時二

右両名訴訟代理人弁護士 塩見利夫

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「原告に対し、被告橋垣は別紙目録記載の建物(以下本件建物と略称する。)を収去して同目録記載の土地(以下、本件土地と略称する。)を明渡し、且つ昭和三六年五月二六日から右明渡済みまで一ヵ月金一万五、〇〇〇円の割合による金員を支払い、被告宮永は右建物から退去して右土地を明渡せ。訴訟費用は被告らの負担とする。」旨の判決および仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

一、原告は本件土地の所有者にして、昭和二二年四月一日訴外的場一郎に対し無断で右土地の賃借権を譲渡したりまたはその転貸をなすことを禁止して賃貸し、同人は右地上に本件建物を建築所有していたところ、被告宮永は昭和二五年八月一〇日右訴外人から本件建物を買受けるとともに原告の承諾の下に本件土地の賃借権譲渡を受けその賃借人としての地位を承継した。

二、しかるに、被告宮永は昭和三四年一〇月二三日原告に無断で被告橋垣に対し本件建物の所有権を代物弁済によつて移転した。

三、よつて被告宮永は原告に無断で被告橋垣に対し本件土地の賃借権を譲渡しまたはこれを転貸した結果となつたので、原告は被告宮永に対し昭和三六年五月二六日到達の内容証明郵便を以て右無断賃借権の譲渡または転貸を理由に本件土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなした。

四、そこで、原告は被告橋垣に対し本件土地の所有権に基づき本件建物を収去して右土地の明渡および右土地占有の後である昭和三六年五月二六日から右明渡済みまで賃料相当額である一ヵ月金一万五、〇〇〇円の割合による損害金の支払を、被告宮永に対し本件土地の賃貸借契約の解除に基づき本件建物から退去して右土地の明渡を、それぞれ求める。

と述べ、抗弁に対する答弁として、

一、抗弁第一項中、被告宮永が本件建物で果実商を営んでいること、および被告宮永が昭和三四年二月六日被告橋垣のために本件建物について抵当権設定登記および代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記をしていることは認めるが、その余は知らない。

二、抗弁第二項は争う。被告宮永は被告橋垣に対し本件建物を同被告に対する金一〇〇万円の債務の代物弁済として譲渡したものである。弁済期、利息その他重要事項のとりきめもなく且つ契約書を作成することもなく譲渡担保として本件建物の所有権を移転する筈はない。仮に被告らの抗弁事実のとおり被告宮永が被告橋垣に対し譲渡担保として本件建物の所有権を移転したものであるとしても、第三者である原告に対する関係においては単なる所有権の移転として取扱はれるべきものであるから、右抗弁は主張自体理由がない。

と述べ、証拠として≪省略≫と述べた。

被告ら訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、

一、請求原因第一項中、被告宮永が昭和二五年八月一〇日的場一郎から本件建物を買受けるとともに原告の承諾の下に本件土地の賃借権の譲渡を受け、じ来右土地を借受けてきたことは認めるが、その余は知らない。

二、請求原因第二項は認める。

三、請求原因第三項中、原告が昭和三六年五月二六日到達の内容証明郵便を以て被告宮永に対し無断賃借権の譲渡または転貸を理由に本件土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなしたことは認めるが、その余は争う。

と述べ、抗弁として、

一、被告宮永は本件建物において果実商を営んでいる者であるが、昭和三四年二月五日被告橋垣から金一〇〇万円を借受けるに当り、これを担保するためその所有にかかる本件建物ならびに大阪市南区難波新地四番町一二番地の八宅地七坪六合八勺および同所一二番地の一、一二番地の八地上家屋番号同町五四番木造瓦葺二階建店舗兼居宅一棟建坪一六坪八合二階坪一六坪五合につき抵当権を設定するとともに代物弁済の予約をなし、同月六日これらを原因とする抵当権設定登記および所有権移転請求権保全の仮登記をなした。

二、被告宮永は訴外山本健三が訴外板坂喜一から金員を借用するに当りその連帯保証人となつていたところ、山本において右借用金中五〇万円の弁済をしないので、板坂は昭和三四年九月連帯保証人である被告宮永に対する強制執行としてその所有にかかる本件建物を除く前記二筆の不動産について強制競売の申立をなした。そこで被告宮永は被告橋垣と相談した結果、板坂の右強制競売の申立に対抗するため本件建物を含む右三筆の不動産につきこれを譲渡担保として被告橋垣に対しその所有権を移転することとし、同被告をして右各不動産についてなされた代物弁済予約につき予約完結権を行使させたうえ、同被告とともに右代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記に基づく本登記手続をなした。

三、したがつて、被告宮永はその後も引続き本件建物を使用して果実商を営んでいる者であり、且つ本件建物の所有権移転は譲渡担保のためになされたものにして被告橋垣に対する債務完済のうえは直ちに所有権の返還を受けるものであつて、同被告に対する右所有権の移転はいささかもその敷地の賃貸人である原告との間の信頼関係を破るものでもないので、原告が右所有権の移転を原因として本件土地の賃貸借契約につきなした契約解除の意思表示は無効である。

と述べ、証拠として≪省略≫と述べた。

理由

≪証拠省略≫によると、原告は本件土地の所有者なるところ、昭和二二年四月一日訴外的場一郎に対し無断で本件土地の賃借権を譲渡したりまたはその転貸をなすことを禁止して賃貸し、同人は右地上に本件建物を建築所有していた事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。そして、被告宮永が昭和二五年八月一〇日的場から本件建物を買受けるとともに原告の承諾の下に本件土地の賃借権の譲渡を受けその賃借人としての地位を承継し、じ来右土地を賃借してきたこと、被告宮永が昭和三四年一〇月二三日原告に無断で被告橋垣に対し本件建物の所有権を代物弁済によつて移転したこと、および原告が昭和三六年五月二六日到達の内容証明郵便を以て被告宮永に対し無断賃借権の譲渡または転貸を理由に本件土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなしたことはいずれも当事者間に争いがない。

そこで被告らの抗弁について判断する。まず被告宮永が本件建物で果実商を営んでいること、および同被告が昭和三四年二月六日被告橋垣のために本件建物について抵当権設定登記および代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記をなしていることはいずれも当事者間に争いがない。しかして、≪証拠省略≫ならびに弁論の全趣旨によると、被告宮永は昭和三三年四月頃その所有の本件建物を改造するに当り近隣の知人被告橋垣の好意によつて同人からその費用として金一〇〇万円を弁済期、利息等の定めなく貸与を受けていたが、その後借用期間も長くなつたのに早急に返済の見込みもたたず、そうだからといつてそのまま同被告の好意にのみ頼つていることは忍びないので、同被告のためにその債権確保の方法だけは講じておくこととし、昭和三四年二月五日右債権を担保するため被告宮永の所有にかかる本件建物ならびに大阪市南区難波新地四番地一二番地の八宅地七坪六合八勺および同所一二番地の一、一二番地の八地上家屋番号同町五四番地木造瓦葺二階建店舗兼居宅一棟建坪一六坪八合二階坪一六坪五合につき抵当権を設定するとともに代物弁済の予約をなし、翌六日これを原因とする抵当権設定登記および所有権移転請求権保全の仮登記をなした。ところで、被告宮永はそれより前知人の訴外山本健三が金融業者である訴外板坂喜一から金員を借用するに当りその連帯保証人となつていたところ、山本においてその借用金の弁済をしなかつたため、昭和三四年九月板坂から本件建物を除く前記二筆の不動産について強制競売の申立を受け、同月二二日大阪地方裁判所において強制競売手続の開始決定があり、その頃右決定の告知を受けた。そこで被告宮永は被告橋垣との間において右強制競売手続を阻止する方法について協議した結果、その方法として右不動産についてすでになされている代物弁済の予約につき完結権を行使したうえ、右予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記を本登記にすることとしたのであるが、以上の次第であるから被告宮永は固より右不動産の所有権を真実被告橋垣に移転する意思などなかつたというものの、右事情から同被告をして代物弁済の予約完結権を行使させる以上、むしろこの際同被告に対し右不動産に本件建物をも加えたものを譲渡担保として提供し、従来の担保の方法に代えることとした。よつて被告橋垣は同年一〇月二三日右代物弁済の予約完結権を行使したうえ、被告らにおいて同月二六日これを原因とする所有権移転登記をなしたのであるが、なお被告宮永は右所有権の移転が前記のとおり譲渡担保の目的でなされたものであつたため、被告橋垣に対し本件建物の明渡をしないのは固より、またその占有を継続するについても同被告からこれを賃借することなく無償で従前どおりその使用を継続している事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。ところで、元来土地の賃借人が賃借地上の建物を第三者に譲渡した場合には特段の事情のない限り賃借権の譲渡または賃借土地の転貸がなされたものと解するのを相当とするところ、本件におけるように、建物が譲渡担保として債権者に対し譲渡された場合、その所有権は内外ともに右債権者である担保権者に譲渡されたものと解すべきであるが、それは担保権者からその所有権その他の権利を取得した者との関係においていい得るのに止まり、譲渡担保権設定者の担保権者に対する関係においてはいうまでもなく、また敷地の賃貸人に対する関係においても、その担保の目的となつた建物は、後に譲渡担保権設定者において債務を完済してその所有権を回復できるところから、確定的には同人の所有を離れず、むしろその間は従来どおり同人の所有に属するものとして取扱はるべきものにして、しかも右譲渡担保権の設定によつて本件土地の使用収益には何らの変動もなく結局右土地の賃貸人の信頼を少しもそこなつていないことに帰するのであるから、右譲渡担保権の設定によるも本件土地の賃借権の譲渡またはその転貸はないものと解するのを相当とする。なお、原告は被告らの抗弁は敷地の賃貸人である原告には対抗できない旨主張するのであるが、右抗弁は被告らの間における本件建物の所有権の移転を信じて取引関係に入つてきた第三者に対してはその善意悪意を問わずこれをなし得ないにしても、敷地の賃貸人は右にいう第三者に当るものではないのであるから、右賃貸人である原告に対し右抗弁をなすには何らの支障もなく、したがつて原告の右主張は理由がない。結局被告らの抗弁は理由あるものということができる。

以上のとおり被告らの抗弁は理由があるので、原告の本訴請求はいずれも失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高田政彦)

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